高清水建設は、1929年(昭和4年)に洞爺湖町で生まれた建設会社です。今回は、創業から現在までの歩みを振り返りながら、私たちが大切にしてきたことをご紹介します。
虻田村での創業
当社の始まりは、1929年5月、高清水顕が虻田村(現在の洞爺湖町)で個人として事業を起こしたことにさかのぼります。
その後、1953年(昭和28年)10月に初めて建設業の許可を受け、1964年(昭和39年)12月には現在の株式会社組織として高清水建設株式会社を設立しました。翌1965年(昭和40年)2月には高清水敏昭が代表取締役に就任しています。
地域の建物を手がけるゼネラルコントラクタとして
創業以来、当社は公共施設をはじめ、ホテルや店舗など、建築業を中心とするゼネラルコントラクタとして地域の発展に携わってきました。
2007年(平成19年)10月には土木工事業と鋼構造物工事業の許可を追加し、対応できる工事の幅を広げています。2000年代後半には、洞爺総合センターの改築、旧火山科学館の耐震改修や外装改修、道の駅あぷたの増築、虻田中学校体育館の外装改修など、町の暮らしを支える施設の工事を担当しました。
有珠山噴火の復旧と、洞爺湖サミット
地域の大きな出来事にも、地元の建設会社として関わってきました。有珠山噴火の際には復旧活動に、2008年(平成20年)の北海道洞爺湖サミットでは、会場となったレイクヒル・ファームのセキュリティチェックポイント等の設置工事などで開催を支えました。
どちらも、役職員一同が郷土への愛着を力に変えて取り組んだ仕事です。
▼有珠山噴火の復旧で担当した具体的な内容や時期を書く場合はここに追記(なければこの段落を削除)▼
受け継いできた「堅実と誠実」
2008年7月に三好健一が代表取締役に就任し、現在に至ります。長い社歴の中で育んできたものを、当社は「堅実と誠実」という言葉で表しています。
堅実とは、確かな技術に裏打ちされた品質のこと。誠実とは、お客様に満足を届ける細やかな対応力のことです。建物をつくる技術と、お客様に向き合う姿勢。この二つがそろってはじめて、長く安心して使っていただける建物になると考えています。
これからも洞爺湖町とともに
創業から90年以上、当社は洞爺湖町に根を下ろして建物づくりを続けてきました。これまで地域の皆さまにいただいたご縁に感謝し、これからも「堅実と誠実」を大切に、一つひとつの仕事に向き合ってまいります。
これまでに手がけた施設はWorksページで、会社の詳しい情報はAboutページでご紹介しています。あわせてご覧ください。




